埋もれた遺産 第5話


謎の迷路に奇妙な部屋、幽霊ときて次は生まれ変わり。
普通なら夢や幻だと一笑するのだが、何故か彼を信用しなければと、そう思った。

「その騎士章は、ユーフェミア皇女殿下が、自らの専任騎士に与えたものだ」

今までの話の流れから、多分そうだろうなと思っていたが。

「もしそうなら、ものすごく貴重なものじゃないか」

僕は驚いてそう言った。

「だから、俺も驚いたんだよ。骨董品なのはいいが、5000円なんて額、歴史的価値を考えてもあり得ない話だ」

いくら破損していたとしても、かつてのブリタニア皇族縁の物。
それも歴史に名を残した人物の物なのだから。

「そして、俺が今まで関係した限り、本当に幽霊として現れたものは、自分の名前も素性も覚えているものだ。事細かに、人生の全てを。だが、彼女は自分に関しては何一つ覚えていないのだろう?」
「うん。それに、僕達色々と話をしているけど、100年以上前には無かったことについても、彼女は知っているよ?」

それこそ、最近あった有名な事件・事故・災害の話でさえ、ちゃんと通じていた。

「だから、生霊なんだ。正しくはユーフェミア皇女殿下の生まれ変わりが、この騎士章に惹かれて生霊として現れたというところだな」
「皇女殿下の、生まれ変わりが・・・」

信じられないという顔で、スザクは騎士章を見つめた。

「恐らく、この騎士章の失われた部分を彼女が所持しているのだろう。彼女の持つ騎士章の欠片を通り、こちらの騎士章に彼女の魂が引き寄せられ、姿を現していると 考えられる」

ならば、あちらには・・・。
もしかしたら、ガラクタ同然の値段で売られていたのは、この騎士章が主人とその騎士の元へと戻りたいと願った結果なのかもしれない。
あるいは再会したいという二人の思いに神が応えたのか。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。

「じゃあ、彼女にこれを返せば」
「生霊が現れることはなくなるだろうな」
「でも、どうやって探せば?」

相手は名前も住んでいる場所さえ理解らないというのだ。
探しようがない。

「そうでもない。会話が成立し、最近の出来事も理解しているというならば、あとは話しの持って行き方だけだ。彼女に質問すべきことをリストアップしてやろう」

そういうと彼は便箋を取り出し、楽しげに文字を書いていく。
ブリタニア語は読めないんだけどな。
そう思いながら覗き込んだのだが。

「日本語?」

そこにはきれいな日本語が並んでいた。

「ブリタニア語は読めないのだろう?」
「そうだけど、君、日本語書けるの!?」
「・・・まあな。俺は幼い頃から日本に住んでいたから、基本的な読み書きは問題ないし、第一先程から俺は日本語で会話をしていると思うのだが?」

言われてみればそうだ。
彼とは日本語で会話をしていた。
でも、彼女とも日本語で会話をしていたような?
そんな僕の考えを読んだのか、彼は苦笑しながら言った。

「言っておくが、生霊との会話は言葉というより心で行うものだから、彼女の生まれ変わりと会話をするのであれば、ブリタニア語をしっかりと学ぶことだ」

そういうと、便箋を綺麗に折って封筒へ入れ、差し出した。

「あとはお前次第だ」

差し出された封筒を手に取り、僕はしばらく考えた後口を開いた。

「彼女の居場所が判ったとしても、会いに行ったら変な人と思われないかな」

貴女の生霊と毎日楽しく会話をしていました、なんて信じてもらえるはずがない。

「それは大丈夫だろう。恐らく・・・」

そこまで言って、彼は口を閉ざした。

「おそらく?」

なんだろう?
そう思い尋ねると、彼はいたずらっ子の笑みを浮かべた。

「いや、それは彼女と会ってからの楽しみにするといい。それよりも、そろそろ帰ったほうがいい。外が暗くなる時間だろう?」

言われて、僕はテーブルに出しっぱなしだった携帯の表示を見る。
時間は19時を過ぎていた。
うちは一応名家ということもあり、門限が煩い。
僕は慌てて荷物を持った。
携帯と騎士章、そして彼から渡された封筒も忘れずに持つ。

「気をつけて帰るんだぞ?」

彼は優しい眼差しでそういった。

「うん、ありがとう!じゃあまたね!」

僕はそういうと、慌ててドアを開き、外に出た。
相変わらず外は奇妙な通路だったが、大丈夫、ここから抜け出せるはずだ。彼が送り出してくれたということは、そういうことなのだから。
空を見上げると深い紫から漆黒へと色空の色が変わるところだった。

「うわ、いそがないと!」

僕は慌てて駈け出して。
2つほど十字路を超えたところで、はたと気が付き足を止めた。
そういえば、彼の名前を聞いていなかった。
連絡先も、だ。
それに、ここへは奇妙な悩みがなければ来れない場所ではなかったか?
僕は彼女のことが終わった後、お礼を言うためにもここに来るつもりだった。
寧ろ、これからも彼に会えると、何故か思っていた。
まるで彼は古くからの友人で、こちらが望めば家へ招いてくれるものだと。
でも、それは勘違いだ。
ここで別れたら最後、僕はもうこの通路にたどり着くことは出来ず、彼には会えないのではないだろうか。
いや、会えないのだ。
ここを進めば、二度と会うことは出来ない。
それは、嫌だ。
理由は解らないが、会えなくなるのは嫌だった。
僕は慌てて踵を返すと、いま来た通路を駆け戻った。
急がなければ。
僕は必死に足を動かした。
どうして、こんな気持になるのだろう?
それは解らないが、二度と彼に会えない。その思いが心臓を痛いほど締め付けた。
もうあの場所には辿り着けないんじゃないかと思ったのだが、あの扉が視界に映り、僕は心底安堵の息を吐いた。
・・・ここに来る方法は、他にもあるはずだ。
彼はずっとここに居るわけではないだろうし、何より最初に会った時、彼は誰か知り合いが来たと勘違いしていたのだ。
つまり知り合いは、ここを自由に出入りしているということ。
その方法を、聞き出さなければ。
そう思い扉に手をかけようとした時。

「何処に行くつもりだ?」

後ろから、声が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこに居たのは少女。
恐らく自分と年齢は左程変わらないだろう、明るい緑色の長い髪の、綺麗な女の子だった。

「何処に行くつもりだと聞いている」

彼女は淡々とした口調で訪ねてきた。

「この扉の向こうに。ああ、僕はさっきまでこの奥にいたんだ」

不審者だと思われたのかもしれない。
そう思い、僕は素直に答えた。
すると、彼女はすっと目を細めた。

「この奥に、だと?会ったのか、あいつに」

あいつとは、彼のことだろう。

「うん、会ったけど?」

喧嘩を売られているような気配を感じ、知らず僕は眉を寄せた。

「・・・そうか。で?話は終わったのだろう?どうして戻ってきたんだ?」

言外に、さっさと帰れと言われているような気がした。

「君には関係ないだろう?」

彼女の言葉が、その視線が妙に腹立たしく思え、僕は思わず低い声で答えてしまう。

「関係あるさ。あれは私の連れだからな」

連れ。 その言葉に、益々僕は苛立った。
どうしてそんな気持ちが湧き上がるのかは分からない。
だが、僕は初対面である彼女のことを心底嫌いだとそう思った。
思わず力を入れた手には、僕の携帯。
ストラップとして着けている騎士章が揺れた。
それを目にした彼女は一瞬目を大きく見開いたあと、再び僕へ視線を合わせた。

「おまえ、それは・・・そうか、幽霊・・・いや、生霊でも見たのか。それで、あいつのところへ招かれたわけか」

まるで全てを悟ったような言葉。
全てを知っているような態度。
お前に何が解る。そう怒鳴りそうになって、僕は慌てた。
さすがに初対面の女性にそこまで喧嘩腰になるのはおかしな話だ。
なんでこんなに心がざわめくのだろう。
なぜ僕は彼女を敵視しているのだろう。
大事なものを、彼女に奪われたような焦りを感じるのはなぜだろう。
僕は困惑しながらも彼女を睨みつけていた。

「・・・まあいい。お前はもう帰れ。ここは・・・お前が来るべき場所ではない」
「そんな事、君に言われたくはないよ。邪魔をしないでくれないか、----」

僕は、間違いなくその後に言葉を続けたはずだった。
だが、その言葉は音にはならず、それでも彼女はなぜか苦しげに顔を歪めていた。
次の瞬間、僕の意識は真っ白に染まった。

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